この夏、新海誠監督の映画「天気の子」が大ヒットした。
ぬまーの涙腺も無事破壊されたところである。
愛にできることって、まだあるんだね。
まったく、野田洋次郎と新海誠、おそるべし。
ますます新海監督の作品が好きになった。
次はどんな作品が出るんだろう。ワクワクすっぞ。
・・・と言っても次は3年後とかだろう。
というわけで!
「天気の子」と「君の名は。」以外彼の作品をちゃんと観ていないこともあり、過去の作品を鑑賞することにした!
「言の葉の庭」
ドイツアニメ映画祭で最優秀賞を受賞しており、聞いたことのある人も多いのではないだろうか。
この作品は45分程度の短編となっており、まさに普段の30分アニメの延長くらいで非常に観やすい。
どれくらい観やすいかというと、CMで言うところの15秒くらい観やすい。
30秒超えるCMって鬱陶しく感じるけど、15秒は違う。
起承転結がテンポよく詰め込まれており、思わず見入っちゃうものもあるんじゃないだろうか。てゆーか何の話だろうか。
本題に入ろう。
主人公「タカオ」は、靴職人を目指す一見真面目な高校生。
でも、雨の日の朝は電車に揺られるのがどうも嫌で、ある庭園で休んでから遅れて学校に行く。
そんなある日、その庭園の雨宿り場所で、ある女性と出会った。
それが今作のメインヒロイン「ユキノ」だ。
彼女は古文の教師なのだが、生徒による嫌がらせが原因で、ほとんど学校に出勤していなかった。
味覚障害の彼女は、この庭園で一人、唯一味を感じるチョコレートとお酒を飲んでいた。
この二人は次第に打ち解けていくが、なんとも言えない不思議な距離感が表現されている。
多くの恋愛映画だったら、キャラクターの表情でハッキリ気持ちがわかるのだが、この作品は違う。
特にユキノの表情が暗いことが多く、タカオの言動に対しても楽しそうではあるのだが、なんだかこう、「恋愛」感情っぽくないのだ。
どこか少し距離がある感じ。
ああ、これはすごくわかる。
ガードの固い女の子は、危険と判断した男には笑顔で接しながらも距離を取るものだ。
特に二人きりになると突然距離を取ってくるパターンがある。
この「動物園理論」は以前の記事で語らせてもらった。気になった方はぜひぜひ読んでほしい。
映画や小説では
登場人物の心理描写を表すものとして、景色や天気が用いられることが多い。
しかし、本作はほとんどが雨の描写だ。
ここがまた暗さを演出している。
でも
そんな暗い中でも、誰かを想う感情は彼女の中にちゃんと残っていた。
恋人とも別れ、生徒に嫌がらせを受け、様々な困難に悩まされてふさぎ込んでいても、結局は、どうしようもなく誰かを好きになる気持ちは消えていなかったのだ。
映画のラストシーンでは、抱えていた気持ちが溢れてユキノが泣き出す。
「タカオとの出会いによって、自分が救われていた」と叫ぶ彼女。
この作品で思うことは、
孤独は怖い
ということだ。
だいぶ当たり前のことではあるが、ユキノの境遇を考えると、仕事の手続き的な面で支えてくれる人だけでは孤独は消えないと思う。
孤独を消してくれるのは、自分が気を使わないで傍にいてくれる存在なのだろう。
そういえば、いつぞやか国語の授業で「優」という漢字の成り立ちを習ったことを思い出す。
「優(やさ)しい」と読むこの漢字。
この右側は「憂」。すなわち、苦しむ・悲しむといった意味の漢字だ。
この状態の人の傍にいてあげる(すなわち左の人偏)。
それだけで、それこそが優しさなんだと教わった。
こんな風に文字に意味を込めることができるのは、漢字の魅力である。
タカオが傍にいてくれただけで、憂いているユキノにとっては大きな支えになったんだろう。
これってただ突っ立てるだけじゃもちろんダメで、相手の心に拒絶されない範囲のギリギリ近くに寄り添う必要がある。
そんな風に相手の心との距離感を推し量る力も、優しさなんだろう。
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