ぬまーのストフリ日記

保育サポートに奮闘する大学生の日記。ストレスフリーな生活のためのマインドセットや工夫、おすすめアイテムなどをご紹介します!

実名報道するマスコミよりも怖いものとは

世間に衝撃を与えた、京アニ放火事件

 

アニメ好きな僕からしても、きついニュースだ。

 

事件から約1ヶ月が経った今、被害者の実名公表がなされた。

この公表によって、他のマスコミがその遺族の所に詰めかける可能性がある。

 

 

これに対し

メンタリストのDaiGoさんは、家族の感情を踏みにじる輩を許せないと仰いました。

京アニ実名報道【人の死を金としか考えないマスコミ】の正体を解説【NHKも新聞もグル】 - YouTube

 

権力による共感能力の低下。

そういった心理学的な側面から、報道への違和感を解説してくれている。

 

 

本当に悪いものとは

 

僕がこの一連の批判動画を観て率直に思ったこと。

一つは、もちろん多くの人の注目を集めることを最優先とするマスコミの姿勢への不快感。

 

そして、もう一つ強く感じたことがある。

 

 

 

それは

 

 

権力=悪=金

という構図を押しすぎな印象だ。

 

 

 

DaiGoさんは本動画の広告収益を京アニに募金するそう。これは確かに賞賛されるべき姿勢だ。

しかし、この募金行為によって、お金儲けが悪という印象に偏った気がする。

 

マスコミの報道をはじめ、あらゆる物事を金儲けに利用すること自体は別に悪いことじゃない

利益を追求するのは資本主義社会なんだから至極当然だ。

あくまで、実名報道が良くないのだ。

 

 

別に僕は、お金を悪だとは思わない。

お金は、ただそこにあるもの。そこに人が集まってるだけだ。

 

実名報道によって、コメント欄の人たちのように注目する人が増えるのだから、当然マスコミとしては使えるものは使う。別に悪とか正義とかでは無い。

情なんて無いのだ。

そんな相手に感情でぶつかろうとしてもしょうがない。

 

ところが、感情に任せて「実名報道した人たちを社会的に抹殺されるべきだ」と呼びかけ、それに賛同するコメント欄を見て不気味だった。

それは「歪んだ正義感」とでも言うべきだろう。

 

 

被害者の目にはどう映る?

 

マスコミと他の人たち。これをキッチリ二分することってできるのだろうか?

 

被害者やその遺族からしたら

マスコミも、それに群がる大衆も、どちらが味方とか関係なく気味の悪いものとして映るんじゃないだろうか。

 

 

僕は母を亡くした時、少し怪我をしたのでそのまま入院した。

 

退院して学校に戻ると、クラスのみんなが僕の母が自殺した話を知っていた。

 

気を使っているのか多くの人は僕に直接話しかけず、うっすら聞こえる範囲で噂話をしているあの光景。

 

母親の友達から広まったのか、担任が言ったのか。

あれは確かに、憎くて憎くてしょうがなかった

もちろんみんなに悪意なんて無い。

 

でも、得体の知れない感情を向けられているようなあの不快感。

 

 

この過去を振り返って思う。

 

人の傷を噂としてエグるクラスメイトが、報道を「マスゴミ」と蔑んで叩くネット民と似ているなと。

 

ネット民に悪意はない。けど、群がって何かを攻撃しようと言う意思が集まっている。

 

 

 報道の無情っぷりも確かに怖いけど、それ以上にもっと怖いのは

見えない大衆、民意

だ。

 

 

今回だと、動画の「そういう記者は社会的に抹殺されるべき」

という発言に共感する多数のコメントを見て、まるで魔女狩りのように感じた。

 

誰かを吊るし上げないと気が済まない

 

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そんな怨念のような、黒い空気のようなものがあの場で生まれていた。

それじゃあ僕らが批判する「マスゴミ」と変わらない。というかもっと害悪だ。

 

芸能人の不倫を叩くあの風潮だ。実害が自分に及んでもいないのに、関係ないストレスをそこにぶつけている。

 

 

母の死を言いふらしたクラスメイトを憎んだ、あの頃の自分みたいだ。

 

・・・・・

気が済まなかった、納得できなかったんだ。

自分の体験した事実も、その後の周囲の僕を見る目も全部。

 

何で自分がこんな目に合わなきゃいけないんだ。

僕は悪くない。妹を、母を殺したのは母だ。

その僕を可哀想な人として見てくるこいつらも許せない。 

気を使ったように話しかけてくる奴もいるが、それすらも憎い。

こいつも僕に「同情」しながら接してくる。やめろ。

 

同情なんて、真の意味でできるはずがない。

だって同じような境遇を知らないんだから。

取ってつけたような気遣いなんて、邪魔なだけだ。

・・・・・

 

みたいな感じで、どうしようもない恨みに呑まれていた。

もちろん今は違う。

それは、恨みのベクトルがある時自分に向いたからだ。

 

あの時、状況を変える力のなかった自分にも、大いに責任はある。

 

そこから、自分の行動を反省し、前を向くことができた。

随分時間はかかったけど。

 

八つ当たりは、本当に愚かだ。

自分の成長が止まってしまう。

 

 

マスコミが気持ち悪いと思うのはとても共感できるけど、それに対して反撃してやろうみたいなことを考える必要はない。

そんなの自分の憂さ晴らしでしかない。

そして、大した憂さ晴らしにもならない。

 

本当にダメージを負っているのは遺族の方だ。僕らじゃない。

被害者の遺族の存在を大義名分として利用し、他の誰か(今回は報道記者)を攻撃しているだけだ。

 

変な扇動に流されて人を攻撃するのを正当化したら、負けだ。

 

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